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1221年 承久の乱 「精神と言葉」VS「物理と腕力」

12/11日曜 夜8時からの NHK大河ドラマ 鎌倉殿の13人は北条政子の有名な演説回です。

1221年 承久の乱は入試でも頻出なのでおすすめです。

鎌倉幕府はいつできたのか? 以前は1192作ろう鎌倉幕府で暗記していました。 現在は「このあたりだけど確定はできないね」 ということでよくわからなくなっています。 実は「よくわからない」というのが源頼朝のオソロシイところなのです。。


「いつのまにかふんわりと」幕府ができたことは源頼朝が意図的におこなっています。

東日本の「武士を指揮する権利」(守護)、「税金を集める権利」(地頭)を朝廷から奪うのが頼朝の狙いです。※かっこ内は幕府の役職名

この二つはもともと京都の朝廷が持ってる強力な権利です。 「うばってやるぜ!」 とわかりやすくやると自分が攻撃の対象になるおそれがあるので頼朝は

「朝廷のために権利を一時お借りします」

といってふんわりゲットしています。(まあもともと返す気ありませんが。。。)

1221年承久の乱はざっくりいって朝廷がこれを「返せこら!」 と戦いをしかけたのがはじまりです。(後鳥羽上皇の個人的恨みも多分にあるようですが)

この当時、平安時代から朝廷には軍隊というものがほぼありません。 その代わり「あいつをやっつけろ!」というと全国の武士がわらわらとやってきて敵をやっつける「言葉の力」持っています。 なんだかアニメの世界みたいです。(進撃の巨人の座標の力参照)

朝廷「精神と言葉」VS鎌倉「物理と腕力」

がもう一つの承久の乱の構図です。

このとき幼い将軍に代わって北条政子(頼朝の妻)が尼将軍として大きな政治的力をもっていたようです。

そう、鎌倉には女性の将軍がいたのです。

そして有名な演説をしたと吾妻鑑(鎌倉幕府の歴史書)は記されています。 「物理と腕力」に政子の「精神と言葉の力」が鎌倉に加わります。

代読説や真偽不明な部分はありますが、夫や息子たちが命をかけて作ってきた鎌倉を守りたいという女性の気持ちが歴史を動かしたことは確かなようです。

演説の内容はドラマか教科書をご覧ください!

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